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名古屋高等裁判所 昭和57年(ネ)419号 判決

控訴人(一審原告) 喜多村新吉

〈ほか一名〉

右訴訟代理人弁護士 簑輪弘隆

同 横山文夫

同 笹田参三

同 安藤友人

被控訴人(一審被告) 山下徹

右訴訟代理人弁護士 南谷幸久

同 南谷信子

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は、控訴人喜多村新吉に対し金二二五万八五一七円、同喜多村うめに対し金一九五万八五一七円および右各金員に対しそれぞれ昭和五四年一一月三〇日以降支払済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。

控訴人らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを七分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人らの各負担とする。

この判決は、控訴人ら勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

控訴人らは「原判決を取り消す。被控訴人は、控訴人喜多村新吉に対し金一五七五万九八三六円、控訴人喜多村うめに対し金一四八二万九七八〇円および右各金員に対する訴状送達の翌日以降支払済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を、被控訴人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張および立証は、次に付加するほか原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する(但し、原判決四枚目表三行目に「損害賠償請求権を相続したこととなる。」とあるのを「損害賠償請求権を有する。」と訂正する。)。

(控訴人ら)

一  事故の態様について

1  本件事故の発生時、亡喜多村茂(以下亡茂という。)は道路上に寝ていたような事実はない。即ち、亡茂が道路上に寝ていたとすれば、被控訴人の運転していた普通乗用自動車(以下加害車という。)の車体と地面との距離から考えても、右茂の胸腹等に受傷が存した筈である。

また、右のように寝ていたとすれば、亡茂の履いていた草履が事故後現場付近の用水路の近くまで飛んでいた事実の説明ができなくなる。

真実は、事故直前、亡茂の歌声を聞いたという原審証人中嶋敏雄の証言および前記草履の存在からみても、当夜、亡茂は酒に酔って本件現場付近を南から北へ向かって歩いていたところを、後から来た加害車に接触されて司法警察職員作成の実況見分調書(乙第一号証の二)点まではねとばされ、同所で再度衝突されたと推認すべきである。そして右点は、道路東端から二・四メートル、西端から三・七メートルであって、決して道路の中央部分ではない。

2  事故時、加害車は時速四〇ないし五〇キロメートルで走行していた。現場に残された後車輪の七メートルの擦過痕を基にして当時の加害車の速度を試算すると、平担・乾燥時の摩擦係数を〇・七とすれば時速三五・六キロメートルとなる。しかし、加害車は亡茂を引きずって停車したのであるから摩擦係数は実際は右以上であった筈であり、また被控訴人は本件事故の二〇日ばかり前にも重大な人身事故を惹き起こしているが、その際も制限速度を三〇キロメートルも越える高速で運転していただけでなく、これまでに大巾な速度違反の前歴を数回有する速度違反の常習者であることを考えると、当時の速度は時速四〇ないし五〇キロメートルであったと推認すべきである。

二  過失割合について

仮に、亡茂が道路上に横になっていたとしても、同夜は月が明るかったうえに、現場はアスファルト舗装道路で街路灯等眩惑光源も無く、また同人は当時グリーンのセーターにグリーンに近い無地のズボンをはいていたというのであるから、被控訴人は少くとも二〇メートル手前で亡茂を発見可能であった筈である。もし、道路上に人が横たわっていること等は予期しえないというのであれば、それを参酌考量しても、前方注視さえしていれば、一〇メートル手前で発見可能である。従って、いずれにしても、ハンドル操作によって亡茂を避けえたのみならず、時速三〇キロメートルで加害車が運行されていたのなら、空走距離を入れても一三・三メートルもあれば急制動の措置をとりえた。

然るに、被控訴人は前方不注視のまま且つ前記のとおり速度違反で走行して本件を惹き起こしたものであり、その過失は亡茂の過失より大である。

三  損害について

亡茂は当時満三〇才で家業の瓦葺の仕事をしていたものであるが、控訴人新吉は既に六六才で家業の主導権は同人から亡茂に移っていた。そうして亡茂は、その年令からしても遠からず婚姻し一家の主柱になる筈であったのであるから、生活費の控除は三五パーセントにとどめるべきである。

(被控訴人)

控訴人らの主張はすべて争う。

一  本件事故現場の南にはS字カーブがあり、被控訴人は加害車を運転して同カーブを右折して右現場にさしかかったものであるが前照灯の光芒が直線であること、加害車は道路左側を走っていたことから、被控訴人は右カーブを過ぎて直線道路になった地点、即ち本件事故現場の約二五メートル手前の地点で漸く亡茂が横臥しているのを目撃しえたところ、当時同人は頭を北にむけて南北に寝ており、しかも黒っぽい服装であったから、被控訴人には黒っぽい物体ぐらいにしか見えず、四・五メートルに近づいて漸く人と分った。右は、必ずしも被控訴人に限らず、助手席に同乗して前方を注視していた訴外小林勝仁も同様であったので、そのくらい亡茂は当時見えにくかったのである。

二  過失相殺の割合は、亡茂につき七割とするのが相当である。

三  本件事故の刑事事件の裁判において、控訴人喜多村うめは証人として証言したが、それによれば亡茂の月収は月二三万円となる。よって亡茂の逸失利益は、右二三万円を基礎として算出すべきである。

(新たな証拠)《省略》

理由

一  昭和五四年一月一五日午前一時二〇分ころ、被控訴人運転にかかる加害車(名古屋五九め七八三七号)が岐阜県不破郡垂井町表佐九九九番地先路上において亡茂と衝突したこと、その結果同人は同日頭蓋骨々折、脳挫傷の傷害によって死亡したことは、当事者間に争いがない。

二  よって、事故の態様について判断する。

《証拠省略》によれば、次の事実が認められるほか、原判決理由一2(一)ないし(三)説示の事実が認められるのでこれを引用する(但し、原判決六枚目裏一行目、二行目および七行目にいずれも、「北」とあるのは「南」と、「南」とあるのは「北」と、また同五行目に「街灯もなく付近は暗かった。」とあるのは「街灯はなかった。」と、同七行目に「約三〇」とあるのは「約三〇ないし三五」と各訂正し、七枚目表三行目に「に衝突した。」とあるのは「の頭部に衝突し、更に一〇・四メートル進んで停止した。」と付加訂正する。)。

1  本件事故現場の路側帯の幅員は、道路の両側においてそれぞれ約一メートルであるから、路側帯を示す白線間の幅員は約四メートルである。また、現場手前のS字カーブのカーブ度は、南から北へ進行する場合、昼間ならば本件事故現場が十分見通せる程度のゆるさである。右現場付近は、道路舗装はあるものの、田畑の間に倉庫や住宅が散在するいわゆる田舎道である。

2  本件事故当夜は、月明りの明るい夜であった。被控訴人は当夜初めて乗るいわゆるノークラッチの加害車を運転して友人宅を出発したが、前照灯はすれ違いビーム(近目)で発車し、間もなく本件事故を惹き起こした。

3  加害車は巾一・六三メートル、高さ一・三九メートル、長さ四・二一メートルで、ローアームから地面までの高さは乗員五名で約一六センチメートルの車体の低い普通乗用自動車(カリーナ)であった。

4  亡茂の頭の傷は、頭蓋骨がつぶれて脳が外へ流れ出る状態であり、加害車の右前輪から車体の前部下側一帯に血痕、毛髪、肉片が飛び散って付着している。車体の右前部のバンバーの右端下のエプロン付近が本件事故によってへこむ様に破損している。

5  亡茂は、事故当時グリーンの上着に同様にグリーンに近い無地のズボンをはき、後述のように酔っていたため、司法警察員作成の実況見分調書(乙第一号証の二)の付近に頭を西に向け胴体を東に向けて、ほほを路面に当てて両手を縮める形で下むき加減に横長く伏せていたところ、加害車に衝突されてひきずられる様にして約五・二メートル動き、前記実況見分調書点に頭部を北に、足部を南に向けてあおむけに倒れた。

6  亡茂は、当夜自宅で清酒一・五合位を飲んで外に出、午後九時頃から大垣市内の飲食店「ロマン美和久」で清酒五本位を飲み、同一一時半すぎに同店を出たが、本件事故当時はかなり酒に酔っていた。

以上の各事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

控訴人らは、亡茂は本件事故現場に横臥していたのではなく、右事故現場手前の用水路付近を南から北へ向けて歩いていたところ、後から時速四・五〇キロメートルで走行して来た加害車に接触されてはねとばされ、前記乙第一号証の二付近で再度同車に衝突されたと主張するが、原審証人中嶋敏雄の証言によれば、事故直前、亡茂の歌声は現場付近を北から南へ向かって過ぎていたというものであって、直ちに控訴人らの主張に添わないし、また逆に、用水路と亡茂の倒れていた中間、即ち用水路から北に一〇ないし一五メートル位の地点に血が落ちていたという同証人の証言は、《証拠省略》に照らし直ちに採用し難く、他にこの点の控訴人らの主張を認めるに足る証拠はない。かえって、既に認定した亡茂の傷害の部位・程度、事故前後の亡茂の体位、事故後の加害車の状態および《証拠省略》によって認められる事故の瞬間の被控訴人らの感触からすると、加害車は、横臥していた亡茂の頭部付近を轢過した可能性が極めて高いものといわねばならない。

尤も、《証拠省略》によれば、用水路付近に亡茂の草履が片方ずつ放置されていたとの事実が認められるけれども、本件事故現場に横臥するに先立ち、亡茂が酒に酔って同所付近を高歌放吟して徘徊し、その際右草履を脱ぎ捨てた可能性も十分考えられるので、右草履の用水路辺の存在のみをもって控訴人らの主張を認めることはできない。

また、控訴人らは当時の加害車の速度は時速四・五〇キロメートルであったと主張するけれども、前記実況見分調書によって認められる被控訴人が危険を感じ左へ転把して急制動をとった地点(①点)と、その結果停車した地点(③点)間の距離、擦過痕の長さから当時の加害車の速度を算出しても、それはたかだか時速三〇ないし三五キロメートル位であったものと認められ、他にこの点の控訴人らの主張を認めるに足る証拠はない。

三  そこで進んで、被控訴人の過失の有無および亡茂との過失割合について判断する。

上来認定した事実関係によると、被控訴人は加害車を運転して時速約三〇ないし三五キロメートルで現場にさしかかったところ、酒に酔って道路上に横臥している亡茂を、その手前三・四メートルに接近して初めて何か物体があると発見し、次の瞬間それが人間であると気付いて急拠左へ転把して急制動の措置をとったが間に合わなかったというもので、被控訴人は前方不注視の過失によって本件事故を惹き起こしたものと認むべきところ、当夜は月の明るい夜であり、しかも、現場手前のS字カーブを過ぎて直線道路にかかった地点から現場までの距離は二五メートルの余あったのであるから、当時の加害車の速度からすると、亡茂の着衣の色の点および前照灯がいわゆる近目の場合の法規上定められている照射範囲(なお《証拠省略》によっても加害車の前照灯に異常はない。)の点を参酌考量しても、被控訴人は前方注視を厳にしていれば、カーブを過ぎたあたりから、道路の中央付近に頭部を、また胴体部分はむしろ反対車線上に出す形で寝ている亡茂を十分発見しえ、減速、左へ転把して同人を避けて通過することは可能であった筈である。しかもそのうえ、前記カーブは上述のとおり昼間なら現場を見通せる程度のゆるいカーブであったことおよび当時すれ違いビームで走行せねばならぬ事情は証拠上何ら認められないことを考慮すると、被控訴人が法規に従って、いわゆる走行ビームで運転していれば更に手前から亡茂の存在を知りえたであろうことをも考えると、被控訴人の過失は、酒に酔って道路上に横臥していた亡茂の過失を下まわるものとは認められず、亡茂と被控訴人の過失割合は共に五割と認めるのが相当である。

四  亡茂の逸失利益及び同人の慰謝料並びに控訴人らによる右請求権の相続と、控訴人新吉による葬式費用の出費に関する当裁判所の認定判断は、次に付加するほか、原判決理由三及び四1ないし3の説示と同一であるから、これを引用する(但し、原判決八枚目表六・七行目に「金三六七四万四八四〇円」とあるのは誤算につき、これを「金三六七五万三七五〇円」と訂正する。)。

亡茂の逸失利益の基礎となる生前の収入額については、原判決援用の各証拠のほか、《証拠省略》によっても、原審認定のとおり月収二九万七〇〇〇円と認めるのが相当であって、被控訴人提出の《証拠省略》も右認定を左右するものではない。

なお、控訴人らは、亡茂の生活費の控除は三五パーセントと認定するのが相当であると主張するけれども、《証拠省略》によれば、家業である屋根葺業は依然控訴人喜多村新吉が中心となり、その経理は右うめがとりしきっていた様子が窺え、当夜も亡茂はうめから小遣銭を貰って出かけたことなどから考えると、亡茂を控訴人ら夫婦が頼りにしていたとしても、同人は未だ一家の主柱になっていたとは認められないので、生活費の控除は原判決理由説示のとおり五〇パーセントと認めるのが相当である。

五  以上の事実を前提にして、先に認定した過失割合で控訴人両名の損害を算出すると、控訴人新吉の損害は金一一九八万八四三七円、同うめの損害は金一一六八万八四三七円となり(以上いずれも円未満は切捨て)、控訴人両名が自賠責保険によって各自一〇〇二万九九二〇円の支給を受けたことは控訴人らの自認するところであるから、結局、弁護士費用を除けば、控訴人新吉の損害額は金一九五万八五一七円、控訴人うめの損害額は金一六五万八五一七円となる。

弁護士費用については、《証拠省略》により控訴人ら主張の事実関係はこれを認めうるけれども、事件の難易、審理の経過および前記認定の損害額等を総合して判断すると、各自三〇万円をもって本件事故と相当因果関係のある損害とみるのが相当である。

六  以上のとおりであるから、被控訴人は、控訴人喜多村新吉に対し金二二五万八五一七円、同喜多村うめに対し金一九五万八五一七円および右各金員に対する訴状送達の翌日たる昭和五四年一一月三〇日(記録上明らか)以降支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

よって、右の限度で控訴人らの控訴は理由があるから、これと異なる原判決を変更し、控訴人らの請求を右の限度で認容し、その余は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小谷卓男 裁判官 寺本栄一 笹本淳子)

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